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エヌエフ43製作室  2017 ヌキテパ

魅惑の世界 1/43ミニカー作り

 
Category: らくがき  

計算と勘

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子供の頃から計算するのが大きらいだった。というより、むしろ苦手だったという方が正しいかもしれない。計算とは、文字通り数字を使う計算のことである。今でもはっきり記憶している事がある。小学校へ入学したばかりの一年生。算数の時間のことである。わら半紙をいくつに切ったものだっただろうか、はがきと同じくらいの大きさのその紙に、1から10まで番号の付けた枠と名前を記入する欄だけがガリ板印刷されている。いうなればシンプルな解答用紙である。

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若い担任女教師は黒板を使うことなく、口頭で問題を出す。3+8は… 6+2は… 5+4は… そんな調子で、おおよそ一問あたり数秒の間隔で出題してゆく。それを聞きながら答えを順番に記入して行く。短時間で終わる極めて単純な暗算のテストである。 私にとってこれが恐ろしく苦痛の時間だったのである。一問目が読まれた瞬間に焦りに襲われ、二問目三問目と進むにつれて汗ばむほどの緊張感と恐怖感。終わってみれば、せいぜい6~7問しか回答していないことに気付く。しかもそのうちのいくつかは切迫感に追い立てられ当てずっぽうで記入したに違いない。こんな状態だから終わった後も爽快感などは皆無。脱力感と情けなさに陥るのである。

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テストの結果は一度も知らされることはないが、恐らく毎回3つ4つ正解していれば良い方だったと思う。こんな状態だから算数はもっとも嫌いな学科となったのは言うまでもない。こんな簡単な計算力がないことを棚に挙げ、子供心に「このテストは女先生のボクたちに対する資料作りだ」というような、権力に対する反抗心を持ったのも事実である。まったくアホなくせに生意気なガキでもあった。いや、きっとそうではなく、この生意気さを育ててくれたのはあの女先生だったに違いないのである(笑)。

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そんな情け無い小学校低学年時代を過したが、不思議なことに中学校に上がってからは一変。いや、正確に言うなら中学2年生になってからだと思う。あんなに嫌いで悩むべき学科だった数学(算数)が好き、むしろ大好きになって行くのだった。理由は良く解らないままだが、他人が解らないと悩んでいるのを見ていると、「ここは出し抜くチャンス!」というような気持ちになれたのではなかっただろうか。偉そうな言い方だが、内容が少しづつ難しくなって行くのに面白味が湧き、ライバルに差をつける快感を知ったのかもしれない。

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ただここではっきり言っておかなければならないのは、それほど好きになった数学なのに、計算そのものはずっと大嫌いで苦手なままだった。なぜそこまで計算嫌いだったのかを思うと、ひとつの理由はソロバンのことがあるかも知れない。今の時代では考えられないだろうが、我々の子供時代は「算盤塾」全盛時代だったような気がする。勉強のできるヤツもできんヤツも、言葉は悪いが、いわゆる「ネコもシャクシも」状態だった。わたしの父も母も供に算盤は得意で(この世代は当然かも)算盤くらいは出来て当たり前、というようなことを言っていたわりには、私を算盤塾に行かせようとはしなかった。

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算盤を覚えると、皆決まって暗算が得意となり、今で言うところの「エアそろばん」をやって見せる。 指先だけを動かしながら、イチエンナぁリ ニエンナリ サンエンナぁリ… はい55円!みたいな感じで。あれにはちょっと悔しい思いをしたものだが、それでも「そんなもん覚えんでもええわ!」と負け惜しむ。 そうなるとますます計算するの大キライとなっても不思議ではない。当時の我が家の経済状況を考えれば、ことさら親を恨む気もないが、近所の友達が夕方になると楽しそうにそろばん塾に集まっているのを見ると、ちょっとだけ羨ましかったのは正直な気持ちである。

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そんな「計算嫌い」なヤツも、やがて高校進学を果たす。思えば中学時代に数学好きになれたのがその道を助けてくれた。と言うのも、我が年代で、あるひとつの区切りとなったことがあった。当時、この地方(?)の公立高校進学の受験科目が、それまでの五教科から三教科に削減されるという一大改革がなされた時だったのである。それまでは国語 数学 英語 理科 社会だったのが、国数英の三つにと大幅削減されたのである。理科はともかく社会系は大の苦手だったので、この改変はまさに命救われる気がした。もっとも残された三つのうち国語は強敵だったが、社会が消えたおかげでちょっとだけ多めに力を注げたのは言うまでもなし。もちろん数学も自信の持てるレベルに持ってゆくことが出来た(笑)。

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そんなこんなで進学した高校は三流の工業系。大好きだったはずの数学も「応用数学」となり、三流が舞台となってりる割には、正直ちょっと苦しんだ。それにその数学をさらに応用したしたような専門学科が「構造力学」だった。これに手も足も出なくなって行く自分が情けなかったが、「これは進む道の選び方次第で捨てることも可能!」と英断(そんな偉そうなて…笑)。しかし中学の頃のあの数学好きだった自分が恋しくなった時期でもある。その後、第二次オイルショックの煽りを大きく受けた時代、それでもなんとか希望の就職先へ進めたのはちょっとラッキーだったかも(笑)。

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社会に出て思ったのは、「数学は役に立たんな」である。これは誰しも思うことかもしれないが、実社会へ出てそれがハッキリするのを実感したわけである。ただそれとは逆に「計算」は必要だということ。建築関係の仕事は、寸法的なものはそれなりに細かく数字を意識する必要がある。しかしそれに反して数量的なものはそれほどでもない。つまり「概算」というものが結構ものを言う世界である。現場仕事に於いて、この概算というものはとても重要であり、これも計算のうちの一つである。しかしこれをちょと言い換えれば「勘」である。鋭い勘を持つことが、大きな助けになるのは経験と供に実感できるようになるのではあるが…。

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幸いにも計算嫌いだった割には、ギリギリのところでこの僅かな勘の良さに救われてきた自分がいる。計算がピタリと決まる以上に、この勘が冴えたときは結構な快感が得られるものである。もの事きっちりした計算と数字が全てではない。しかし言うまでもなく勘が全てでもない。実は先を読むための計算こそが実社会では最も大きな力となるのかもしれない。勘にだけ頼って進む道の果てには、大きな落とし穴が待っている。数字で表れない計算を完璧に出来てこそ成功の道。それ以外は失敗であると言っても過言でなし。計算の弱い自分自身の人生がここに表れているのだった。

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「計算高いヤツ」とか 「あいつのやり方は全て計算されている」とか、こう言い方は、なんとなく良くない響きがあり、その対象となる人を揶揄している場合がある。しかし単にその人の賢さを示す場合もある。今思い返すに、せめて20年前までにこうした評価がされる人間だったなら、歴史は変わっていただろうに。「算盤なくても電卓があるさ」と短絡な考えしか出来ず、計算に弱く、計算することが嫌いなまま過した我が人生を、ちょっとだけ悔しく思う(笑)。



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匿名Aさんへ 
こんばんは。
新年おめでとうございます。
大変ご無沙汰でございます。
自分の模型作りの楽しみを若干削ったとしても、お子さんと一緒に模型を楽しめる時間を持てるのは素晴しいこと。大切にして下さいよ。
でもそろそろ43の力作を拝見したいですよね^^
今年はまたみなさんで模型談義できる機会を設けたいですね。
とにかく、今年もヨロシク!
 
鬼ポジキャンが萌え萌えです。コクピット内壁に写り込むシフトゲートがさらに萌え萌えです。カッコええなあ。お疲れ様でした。
あと明けましておめでとうございます。
ug12さんへ 
こんばんは。
あけおめことよろデス^^
そうそうそうそうこのポジキャン見たとき「これ壊れとる!」思いました。今と昔の真逆な発想というか理論は理解できんです。コクピット内の映り込み?シブいところを指摘されて恐縮やらハズカシイやら^^;
今年はまたいっぺんみんなで集まりたいですね、うだうだ話しながら呑みたいし。

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クルマやモータースポーツにはまるで弱いのに、マニア向けのミニチュアカー作りを生業とする、チョッと変わった人生を送っています。
なぜか自転車好きでこちらの方面では、今でも熱く語ります。

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