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エヌエフ43製作室2017 セフィニ

魅惑の世界 1/43ミニカー作り

 
Category: らくがき  

昭和のころ

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物心ついた頃には既に多くの車が街中を走っていたが、当然の事ながら我が家にまだ車は無かった。我が家どころか、町内でも商売をしている何軒かのお宅にオート三輪とかライトバンなど、いわゆる「働くクルマ」がある程度。近所のうどん屋には配達用のカブが一台、そしてお隣さんは、銀行勤めのご主人がラビットスクーターでの通勤。昭和の中ごろの我が地域といえば大体こんなものだった。

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名古屋市内でも比較的中心部寄りだった我が家ではあるが、その当時はまだ主要幹線道路ですら未舗装の砂利道も珍しくはなかった。車の中でも特に乗用車は羨ましい存在だった。しかしその乗用車たちが、うちの前で砂埃を巻き上げたり、雨降りにはドロ水を跳ね上げて走り去る姿に、子供ながら怒りを覚えたものである(笑)。

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そんな我が家にも、いよいよ初めてのマイカーがやってくる日が来た。数年前から自営で建築業をはじめた父親の商売道具としてである。はっきりとした時期は覚えていないが、多分私が幼稚園くらいの時だったと思う。でもそのクルマの事ははっきり覚えている。淡いグリーンの中古のダットサン・ブルーバード。ボディの艶はすっかり無くなっていたのが、子供心にも少しばかり寂しさを憶えた… このころの車は、青空駐車なら数年でこんな状態だったのだと思う(笑)。

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そんな我が家の大切な中古車も、道路に面した(はみ出した)駐車スペース停めて置くだけで、翌日になるとフェンダーミラーが曲げられたり、横っ腹には釘で引っかいたような傷が… こんなことが結構頻繁にあった。まあこれは地域性もあるだろうが、まだまだマイカーを持つ家庭が少ない時代、どんなボロ車でも妬みの対象になったのだろう。 今となっては昭和の懐かしい風景といえるかも知れない。

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せっかくのうれしいマイカーも、エヌエフ少年には少々苦手な部分があった。クルマ酔いである。横に乗せてもらい、父親の仕事現場について行くのが楽しみだったのだが、そのクルマに乗った途端に気持ち悪くなる。その原因は「臭い」。子供の頃の自分には、この車の臭いという物が強烈にいやな物だった。ましてやいくら乗用車とはいえ、足元には建築資材やらコールタン(今ではあまり知る人もいない塗料の一種)の缶やら… この塗料の臭いも追い討ちをかけて来るからたまらない。

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それでもそんな苦難(?)を乗り越え、度々市内ドライブを楽しんでいたし、その頃連れて行ってもらった場所も案外強烈に印象に残っていたりもする。そのダットサンにどれくらいの間お世話になったか覚えがないが、次に我が家に来た車はもちろんはっきり覚えている。あの「セドリック」である。縦二連ヘッドランプで有名な、あの高級車セドリックである。しかし今度はバン… ライトバン、しかもまたもや中古である。子供心にも少々がっかり。でも仕方ない。うちの稼業は建築屋なのである(笑)

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二代目の中古車ではあるが、その茶色のセドリックバンに、親父も少しは信頼度を高めたのか、結構長距離のドライブに連れて行ってくれるようになった。生まれて初めての遠いところへのドライブ、それは奈良公園だった。びっくりするような大きな大仏様を観たり、鹿にセンベイ食べさせたり…一生忘れない想い出である。そして、今ではレトロ感覚でファッションとして珍重されるベンチシートだが、その当時のスタンダードであった本物の3人がけベンチシートに、前後ぎっしり6人、家族全員でお千代保稲荷へお参りに行ったのも今となっては懐かしい。

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今と昔では、車そのものの存在意義に変化もあり、考え方、見方によっては寂しいともいえる。モータリゼーションなどという、今の若い人には聞いた事もない言葉と供に自動車が輝いていた時代。高度成長期と供に発展し、一般社会に定着した自動車という乗り物。この先10年20年で、その在り方がどう変化するのかが、大いに楽しみでもある。   
あ、20年後の世の中を、私が確実に観られるかどうかは不明だった(笑)。

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>匿名さま おはようございます。
いつもありがとうございます。
諸事情によりなかなか実物をご覧に入れられなくてスミマセン^^;
例の情報は耳には入ってました。
そのうちプレミア価格が付くのが夢だったりします^^
 
完成お疲れ様でした。スケール感が異常でなんか写真が全部特撮みたいですね(タバコの上に乗っかっているやつとか実車をフォトショかなんかで画像処理したみたいです)。素敵です。
我が家に最初にキタ車は、私が3歳くらいの時に親父が仕事(保険会社の営業)で使っていたバイオレットでした。運転席でハンドルをぐいぐいやらせてもらったのをおぼろげに覚えています。車の形とかは完全に忘れてしまいましたが、バイオレットという、なんか、ヒーロー物みたいな名前を親父が誇らしげに教えてくれた事だけ強烈に覚えています。
 
お疲れ様でした。

私も最初に車に出会ったのは父親の510ブルーバードでした。
その後610、810と代替えしグロリアにグレードアップしましたが、
私にとって基本的に車と認識するのはこの頃の形です。
純粋に車としての価値感や存在感が兼ね備わっていたかと思います。

最近の車はいろんな思惑や諸事情が盛り込まれて、
なんとなくイロモノに見えてしまうのは私だけでしょうか。
 
車への関心の変化とかは多々ありそうですが、元々車の開発・発明された理由でもある「遠くへ人や荷物を速く運ぶ道具」この点に関しては変わらず続くのかと思っていたり・・・・

 
>ug12さん こんばんは。
毎度ありがとうございます。完成時にもイキなコインなんかで飾りたいんですが気の利いたのがありませんのでタバコ箱で誤魔化してます^^;
なるほど~、バイオレットでしたか。ugさんの年齢から察すると二代目あたりでしょうかね。初代も二代目も我々世代にははっきり記憶に残ってます。初代の方のスパルタンモデルSSSが好きでしたけどね。
わたしはアクセル踏む親父の膝の上でハンドルぐりぐりやった覚えがあります。もちろん空き地みたいなところで^^
 
>k5さん こんばんは。
コメントありがとうございます。
510ですよね~…我々世代には憧れのSSSでした。うちのオヤジもニッサン党でしたので何台かのブルに乗りました。まさにセダン然としたセダンなのになぜかスマートにも見えたり…そこが魅力だったんでしょうね。
クルマというものは、買い手側のニーズよりも売り手側(作り手側?)の気持ちを満足させる商品の典型にもみえたり… だからオモシロイのかもしれないですよね^^
 
>清四郎さん こんばんは。
おっしゃるとおり、本来クルマとは高速移動のためのツールですよね。ただ、道具である以上に、嗜好品としての占める割合が大きくなったモノの典型だったりもします。だからこそ発展があるのでしょうねきっと。

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Author:エヌエフ
クルマやモータースポーツにはまるで弱いのに、マニア向けのミニチュアカー作りを生業とする、チョッと変わった人生を送っています。
なぜか自転車好きでこちらの方面では、今でも熱く語ります。

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